2012.11.1 詩集「k」
bon anniversaire !
誰もいない部屋
空中に書かれて
消えてゆく文
の
中の
山の稜線に沿った
透明な影の歩行
*
ぼくが見られていたのは
ひとりの死者によってだったのだろうか
それとも
ひとりの女によってだったのだろうか
乳房の円錐のかたちをした
掌の中の空虚
あるいは
砂の中からあらわれる
無花果の平面的な顔
*
アルファベット街で
殺害された漢字
と
かな
について
未来のドクターは
一本の論文を書いていた
黄色い文字が
黒い原稿用紙の上で
無音のジャズ演奏に合わせて踊る
その時
小貝川のほとりで
1人の河童の男の子が
ベトナムコーヒー色の産声をあげていた
特殊河童語のすすめ
いるいるいるいるいるいるいるいるいる
いるいるいるいるいるいるいるいるいる
いるいるいるいるいるいるいるいるいる
いるいるいるいるいるいるいるいるいる
いるいるいるいるいるいるいるいるいる
いるいるいるいるいるいるいるいるいる
いるいるいるいるいるいるいるいるいる
いるいるいるいるいるいるいるいるいる
いるいるいるいるいるいるいるいるいる
どこに?
地球上の至るところに
誰が?
平均河童が
*
平均河童語を反転させて
特殊河童語で話そう
k
ぼくのことは
長音を無視して
ギリシャ語発音で呼んでください
と
kは言う
アテネのカフェで飲む人参ジュースは
ソクラテスの味がする?
というのは
古い話
それにしても
いつになったら
正義は踏みにじられずに済むのだろう?
カフカにadieuを言った男は
アレッポで
敵のものか味方のものかわからない銃弾に
額を打ち抜かれていた
日露戦争に従軍した
sの祖父の雄蔵さんと
時を隔てて同じように
脱皮
DADA(with a negative line)
↓
NEODADA(with a negative line)
↓
TADA(with a negative line)
↓
KAPPA
紙中カメラ
0
0
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0
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0
000000000
紙上に描かれた楕円
の
中
の
川
河童は
河童泳ぎで
a
から
o
へ
o
から
a
へ
瞬間に行き来する
二重の緑
河童堂ギャラリー
2m四方のガラスの回転ドアをひらく
と
ひろがっている透明な河童堂ギャラリー
ohi
だったのかどうか
耳に聞こえない声が
いつも彼あるいは彼女を呼んでいた
雑踏にまぎれて
声を追い
性的な街はずれで
影をなくす河童画家たち
*
通行人たちの多くは
河童堂ギャラリーが神出鬼没であることに
一滴の水滴ほどにも気がつかない
snap shot
生涯幼稚園児のままである
繊細さが皆無
傍若無人
最悪なのは
彼らには
それに自分で気づく兆しが
まったく見られないことである
will
民主主義はしかし
彼らに等しく人権を認めている
よろしい
未完の民主主義よ
一寸の虫の魂が感化されて
高邁な河童の精神に住まわれるために
河童語を鍛え直そう
古式にのっとらずに
河童語演習(発音篇)
me
ke
pe
ge
ve
ce
ne
he
de
je
re
be
ze
fe
xe
le
se
we
qe
ye
te
マンゴーの実の中の今日
河童新聞から
日々の天気予報を書き写して
詩素にしている穴男
の
朝は
エメラルドブルーであるか
について
理科室の試験管は
モニター画面と
河童語で会話している
群衆の中の影のドアをひらくと
そこはもう
記号∞の渚
透明な分泌液の海の中で
素粒子たちが
近づいたり離れたり
いつも予測を超えた運動を繰り返している
有名な俳優が亡くなった日に
無関係に
無名の女が殺され
無関係に
無名の女子中学生が電車に飛び込み自殺した
記号iの中の
ひらかれた透明な多面体の中では
記号aと記号非aが
また
記号aと記号a以外のすべての記号が
秘匿された必然によって
ということは偶然に
隣り合わせている
心理学の下着を洗濯して
太陽の光で干すと
河童は
人跡未踏の山の中へ転送される
水で書かれた文字の中に
赤土のマダガスカルの少女の笑顔
饗宴
哲学することは
むずかしい哲学書を読んで
わかったつもりになることでも
信念を
ことばの額縁に入れて飾ることでも
自己への旅という虚構を通り抜けて
絶対時空間に入り込むこと
でもありません
と
哲人河童は
空中講堂で
ガラスの笛による講演をしている
時として
近くのエメラルド淵で泳ぎながら
*
同時刻
高山植物の空中庭園では
聴衆河童たちが
鼓膜をドラムスティックで打たれている
湖には山の影
の
振動
に
化学反応して
詩人河童は
ことばの海の上で
透明なことばに気化している
ジャーナリズムの余白に咲く
幻?の花
ブラボーという谺は
観客席からではなく
試験管の中からやってくる
†あとがき†
この詩集に収められた作品群は,2012年9月
から10月にかけて制作された作品群である.詩
の「明るい秘密」とのコンタクトを失わずに,
記号のsignifiantとsignifiéのconventionalな関
係に風穴をあけることがこの実験的なpoem制
作の課題enjeuであった.
感受性の新しい地平が読者の精神によって垣
間見られましかば,著者としてうれしからまし
である.
詩集「k」
/30
初版発行日2012年11月1日
著者 田名部 信 tanabe shin
発行所 δ
〒270-1132千葉県我孫子市湖北台7-20-82-504
定価 open